北川鹿蔵のこと(2)

  • 2013.05.18 Saturday
  • 02:00
  日本ツラン運動の草分けの一人だった北川鹿蔵は滿鐵哈爾浜事務所調査課に所属した調査部員だったようである。ツラン運動のパンフレットを執筆する前に、ソヴィエト経済を分析する調査を行なってその報告書を二つ出している。いずれも発行は「南満洲鐵道哈爾浜事務所調査課」となっているので、北川は大正末年から昭和初期にかけて、ここに籍を置いて大陸で調査活動を行なっていたと思われる。

(1)ツエントロサユーズ(全露消費組合中央聯合会)最近の業績 1924年
(2)哈調資料:ツエントロサユーズ(全露消費組合中央聯合会)最近の業績ー第14巻 1925

 その後に北川鹿蔵はツラン運動共鳴し、「東京府下澁谷町北谷38番地」の自宅において、「大通民論社」を興してツラン主義、なかんずく「ツングース民族主義」を鼓吹する小冊子を発行する。それが47頁の

 パン・ツングーシズムと同胞の活路 昭和4年12月20日発行

である。発行所となった「大通民論社」の「通民」とは「ツングース民族」の漢訳略語である。その後に「日本ツラン協会」に合流した北川が「日本ツラン協会」で最初に出版したのが、

 満蒙民族独立の史的論拠 昭和7年発行 148頁

だった。その翌年昭和8年に出した『ツラン民族分布地圖』と『ツラン民族分布地圖解説』(64頁)も「ツラン協会」の発行となっている。

  



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